新元号「令和」は、大伴旅人の邸宅の宴で読まれた序文の言葉が由来となっていうそうです。

新元号に決まった「令和」の典拠は「初春令月、気淑風和(初春の令月にして、気淑く風和ぎ)」。福岡の古都「大宰府」に由来する言葉だ。
 ▼万葉学者の上野誠・奈良大学教授の話 「令和」という名前の後に「梅」という言葉を聞いた時にすぐに九州・大宰府の大伴旅人の邸宅であった梅花の宴で読まれた和歌の序文にある言葉が由来だと分かった。年号は中国で生まれ、今では日本でしか使われていない。その日本の新しい年号に、万葉集という国民文学に出てくる言葉が選ばれたことは新しい時代の始まりを意味する。日本書紀や古事記などではなく、ぬくもりがある、人々の情操教育に役立つ書籍から選ばれたということは非常に意義深いことだと思う。

=2019/04/01 西日本新聞=

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/498886/

大伴旅人は鹿児島とゆかりのある人物で、鹿児島県長島町と阿久根市の境、黒之瀬戸で読んだ和歌が残っています。


万葉集に収められている和歌は日本全国で詠まれていますが、ここ、黒之瀬戸で詠まれた大伴旅人の和歌は、万葉集南限の地です。

さらに大伴旅人の息子、大伴家持も鹿児島にゆかりのある人物で、天平宝字8年(764)47歳の時に薩摩国の国司(守)に任命されました。

薩摩川内市の川内歴史資料館近くには、万葉の散歩道が整備されています。


万葉集を音楽にして歌っています。

楽曲の利用は
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