西郷南州翁を学ぶ!

2018年1月にオープンする大河ドラマ館での演奏依頼を受け、西郷隆盛をテーマにした曲を製作中です。11月は西郷南州翁について知識を深めました。

薩英戦争の考古学

まずは放送大学の講義で、鹿児島大学の新田栄治名誉教授の「薩英戦争の考古学」。

2日間連続の講義で、翌日はフィールドワーク。

新田栄治教授の説明を受けました。

新波止砲台跡。

心岳寺跡。現平松神社。

明治維新と西郷南州翁

また同じく放送大学の講義で、翌週は鹿児島市西郷南州顕彰館、徳永和喜館長の講義では「明治維新と西郷南州翁」。
こちらも2日間連続での講義でした。

特に興味があったのが、西郷南州翁は漢詩をたくさん残しているということ。
曲作りの題材になりそうです。

薩摩こんしぇるじゅ。と町歩き

さらに、薩摩こんしぇるじゅ。の方に1日目は照国神社周辺、2日目には、加治屋町周辺を案内していただきました。

島津斉彬像。

鶴丸城跡。

加治屋町付近を散策。

京都・東福寺

月末には紅葉を見に秋の京都、東福寺へ。
偶然、東福寺の敷地内に西郷隆盛ゆかりの地「即宗院」を発見。
 

臨済宗東福寺派、大本山東福寺塔頭。嘉慶元年(1387)九州薩摩藩島津氏久公が、剛中玄柔禅師(東福寺第54世住持)を開山として建立。・・・・西郷隆盛公と僧月照(京都清水寺の勤皇僧)は、王政復古を志し、新撰組や幕府の追っ手を逃れこの即宗院の採薪亭で幕府転覆の策をめぐらした。西郷隆盛公はその後の苦難を乗り越え、鳥羽伏見の戦い(慶応5年)から勝ち進み勝利を手中にした。戦いの戦死者524霊を弔うためこの即宗院で斎戒沐浴し碑文を書きしたため、明治2年に「東征戦亡の碑」を建立した。(京都観光Naviより一部抜粋

タイミング良く特別拝観の期間となっており、西郷隆盛直筆の碑も見学することができました。

鹿児島から遠く離れた京都で見つけた、西郷隆盛ゆかりの場所。
死者を弔い、仲間を思う気持ちに心が惹かれました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!